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遊戯王大統一理論に向けた思考・前編

『新都高校デュエル部~三闘神伝説~』を描いている目的の一つに、「遊戯王シリーズにおける全オカルト・SF要素の体系化」というのがある
千年アイテムに始まり、オレイカルコス、12の次元、覇王、破滅の光、ダークネス、遊星粒子、モーメント、赤き竜、精霊界、そして最新のアストラル、バリアン、オーバーレイ、ヌメロンコードに至るまで、その全てを一つの世界観に纏めたい。それがデュエル部を描く上での一つの原動力である
(なんならプレインズウォーカーとかサイクオリアとかЯとかも組み込みたい。デュエマはあんまり詳しくないです)


初代~ゴッズは同じ世界観でありながら整合性や繋がりをあまり考えずに作られているし、ゼアルとそれまでのシリーズの繋がりは不明だ。だからこそ想像力を働かせる余裕があるのだが
そして新都高校デュエル部は武藤遊戯の登場しないオリジナル世界であるので(原作キャラの扱いに関しては多少ブレる予定だが)、オリジナル作品として成立できるように、ぶっちゃければ「自分が描きやすいように」設定を固めていく


最初にすべきことは、統一の宇宙観を作ってしまう事である
各勢力をサイズ別に並べ、宇宙開闢から現在までの年表を作成していく。その過程で、用語の改称が必要になるならそれも行う
「闇のデュエル」「優しき闇」「破滅の光」「ダークネス」「ダークシグナー」「冥界の王」あたりは名前がややこしい。何が善で悪かも分からないので、自分で描く用に名称を整える


異なる作品をひとまとめにしていく過程で、最も優先されるのは、原作やその周辺で語られた事実である

①海馬は罰ゲーム・死の実感をヒントにソリッドビジョンを開発した
②千年アイテムは引き合う性質があり、ペガサスはそのために千年眼に利用されDMを作らされた
③回転の力はソリッドビジョンを新たなステージへと飛躍させた


そこに都合のいい解釈を加え、情報を統合していく

《デュエルボックスやデュエルリングからデュエルディスクへの進化は目を見張る物がある(映写機が左腕についているのに映像がぶれない、テーブル上のみならずどんな場所にも映写できる、など)
初代デュエルディスクはそれ自体が回転する「戦うカップ焼きそば」であり、③はこれを指していると思われる
また③は遊星粒子の性質にも関連しており、遊星粒子はこの時代から使われていた事が分かる
すると、海馬がオーバーテクノロジーを手にしていた事になるが、①と②から、海馬にも千年アイテムの啓示があった事が分かり、矛盾は解消する》

こういった記事は「遊戯王考察」カテゴリに纏めてあるので、興味があれば見ていって欲しい。この海馬の考察も過去の記事から持ってきたものだ


少し脱線したが、宇宙開闢を考える上でダークネスの存在を無視することは出来ない
この宇宙が生まれる時に、その裏となるもう一つの世界が生まれた。一つの宇宙そのものであるので、遊戯王に登場する勢力としては最大規模のものだ
これの名前が「ダークネス」というのはいただけない。何せ「闇」だ。遊戯王世界ではそこらへんに溢れている。光だの闇だのといった属性は太極の下位に存在するものなので、宇宙そのものであるダークネスに、ダークネスという名前は相応しくない

なのでこれを「リヴァース」と仮称する事にした。Reverse=裏であるし、Re-Verse=裏(リ)・宇宙でもある
その後ヴァンガードにそのまんまЯ(リバース)という勢力が登場した。設定が全て明かされ次第、取り込むつもりでいる


その次に大きいのは、宇宙全体を二分する勢力である光と闇である。またデュエルを主軸に考えていくなら、遊星粒子の存在も見逃せないが、続きはまた後日としたい

コメント欄で怒られた。

※今回の記事は、懐が広い人でないと嫌悪感を示す可能性があります。あらかじめご了承ください

その件に関しては、確かに軽率だったなと思っているし、速やかに対応した
その弁明をしたいわけではない。ただ単に、こういう出来事があったのでこれについて書いてみようと思い、今書いている


そもそも「腐を理解する」というのはどういう状態か。BLや腐の定義という話になると、そこは個人の主義主張が入ってくるから戦争になってしまう
ただ少なくとも、「腐女子は鉛筆と消しゴムで萌えられる」と聞いて「腐女子は無機物に欲情できるんだなあ」などと思ってしまうアッパラパー共とは一線を画しているつもりだ。そもそもこのケースでは「欲情」しているのは「鉛筆と消しゴム」であり、観測者たる我々は、その関係性に着目する

カップリングと言うのはつまり関係性だと僕は思う。僕は二次元専門(シンケンジャー以降、特撮でもいけるようになった)だが、人物が二人いれば、そこには関係性が生まれる
そして人間の行動や思考は、相手によって変化するもの。龍可といる時の遊星、ジャックといる時の遊星、鬼柳といる時の遊星、プラシドといる時の遊星、どれも違った魅力があり、それらを統合して「不動遊星」というキャラクターが生まれる
特定の組み合わせにしか興味を持たない「カプ厨」という人たちがいるが、それはつまり「不動遊星というキャラクターを一つの側面からでしか愛せない」という事だ。なんたる不幸か!

僕はそうではない。僕は中一の冬ごろにはすでに「二次元キャラにおける性別はカップリングを構成する一要素でしかない(BLも百合もノマカプも、その意味では大差ない)」という考えに至っていたし、その頃描いた黒歴史ノートは、オリキャラのカプ考察で溢れかえっていた
当時はちょうどデジアド02~テイマーズが放映されていた頃で、ノートにカプ考察をまとめながら「やっぱり主人公は全キャラとカプ組めるのが理想だなあ」とか考えていた

僕がむやみやたらとキャラを増やしまくる傾向にあるのは、自分の作品の中で自分が想像だにしないカプに出会いたいからだ
円大那と不破伊知郎が出会ったらどんな会話をするのか、作者の僕にも想像がつかない。それってスゴい事だと思う


デュエル部の話を続けるが、顧問宮下と雪那を含めたデュエル部8人のみで出来る組み合わせは28通りある(カップリングの左右は割愛する)そのうち、男同士は15組、女同士は1組、男女ペアは12組存在する
ノーマルカプ以外受け付けないという人が、この時点で半分以上損しているという事が分かるだろうか
食べ物だってそうだ。嫌いなものがあるより、全部好きな方がいいに決まっている

そう考えていくと、理論上では、全宇宙の全てを好きな人は宇宙で一番幸福だという事になる
勿論これは机上の論だし、実際にこの世の全てを愛することが出来る人間なんていやしない。でも懐が広いほうがより世の中を楽しめるのは間違いないと思う


僕は「嫌いなもの」というのをあまり作りたくないタチだ。嫌いなものについて考える時間は少ないほうが精神安定上いいに決まっているし、嫌いになる前に無関心になってしまう

だから僕はなんだって好きだ。淫夢もFree!もMUGENもTASもMMDもニコラップもレスリングもエア本もアイマスも東方もボカロも遊戯王もヴァンガも好きだ。懐が広いほうが世の中を楽しめると思っているからだ
家にネットが開通してデジモンのSSを読み漁っていた時に「タケヒカって何だ?あーなるほど、タケル×ヒカリを略しているのか!あれ、じゃあこの太光って…太一×光子郎?」と初めてBLに出会った時も「なるほどそういうのもあるのか!」と受け入れたし、中一の秋に始めてファンロードを読んだ時も、「こんな面白い世界があるならもっと早く教えてくれよ!これ知ってたら夢のクレヨン王国とかもっと楽しめたんじゃないの!?」と思った

新しいものに触れるのは楽しい。十代×遊星なんて、僕一人の脳細胞じゃ100年かかっても編み出せない
でも僕以外の誰かはそれを容易に編み出せる。僕は後からそれを吸収すればいい。この世の全てを受け入れることが出来れば、地球人類80億人分の脳細胞が僕のものになる

でも全ての人間がそうではない。つまり僕には、そこに対する配慮が足らなかったというわけだ




追記
つまりこの記事が何だったのかと言うと、「腐の事も知らないくせに淫夢でFree!を汚すな」に対して「は?俺10年以上前からBL好きですけど。凛怜とか大好物ですけど」と反論したかったけど
「BL好き」とか恥ずかしげもなく公言する男はカス野郎だと自分で思ってるから、なんとか遠回りにそれを主張しようとしたのだ
他者を不快にさせるネタだったのは反省するが、こんな長文を思わず書いてしまうくらい、当時の僕はあのコメで不快になったのだった

同人宣伝作品に対する意見

当の作品を見てないし(見る気もない)、割と無関係だから黙っててもいいんだけど、取りあえず言いたいことだけ言っておく


フレーム騒動の時にも言ったけど、僕としては運営がグダグダなのはそれでいいと思っている。ただの趣味で経営してる個人サイトごときにそこまで求めるなんてカワイソーだ
そして、そのグダグダを許さない人間の存在を否定はしない。不満を持つ人がいるのなら、声を上げ、行動を起こし、世に広く知らしめるべきだ


以上を踏まえた上で、僕はガイドラインに反するような判断を下された作品と、その運営に対して、何の感想も抱かない
僕は思わないが、彼らをボコボコにしようとする人がいるのは当然だし、大いにボコボコにすればいい。されるべきだ。だってどう考えてもおかしいもん。本人達も自覚あるでしょ。新都社云々じゃなくて、そういう奴がボコボコにされるのは自然の摂理だ
擁護派は「運営が認めたからアリ」としか言えない(言いようがない)んだから、その運営ごと叩き潰せば無問題ですね


じゃあ俺も俺も、と便乗するサークルがどんどん増えて、それが削除されたりして、泥沼の大炎上になったら、それは凄く楽しそうでワクワクする。これはイジワルで言っているのではなく本気である
新都社そのものが消し飛んだフレーム騒動はともかく、運営に対する不信感ごときで新都社が潰れたりはしない。アクセス数が減っているのは、今までが多すぎただけだろう
ワンパンマンがなくなったんだから、ワンパンマンレベルの作品が生まれない限り、アクセス数は下がる。当たり前だ

というか、プロの輩出やセミプロ級の台頭によって作者のハードルが上がる事の方が新都社の危機だ
ペイントにマウス、あとは熱意(これが無い作品はいくら小綺麗でもカスだ)。それだけあれば漫画を読んでもらえる。それこそが新都社性と呼ばれる物であろう


追記
ついでだけど、ここ最近の運営の明らかな失策は、スレタイ検索をニュー速VIPオンリーにしたことだけだと思う。だって本スレ立ってるとこなんて見たことないよ?
「VIPが本スレ」であることの根拠は「VIP発祥だから」という一点に尽きるんだけど、それってつまり「VIPに立ってることに意義がある(立ってないけど)」「中身はどーでもいい」「はっぴいにゅうにゃあ中毒者隔離スレと同レベルの存在価値」

他のVIPの定期スレでも、不安定な時期はヨソの板に引っ越すとかやってるよ。でも新都社本スレはそんなに重要じゃないから、そういう動きは起こらずに、たまに立ってすぐ消えるの繰り返し
本スレが本当に必要なら、そういう動きが必ず起こるはず。でも実際は、本スレ民ですらそこまで本スレを重要視してないから、ただスレが立てば保守と保守絵を繰り返すだけ。「本スレは新都社を広めるための玄関」とかいう、本スレの存在意義を保つための唯一の理論が完全に破綻している
「保守しかないスレ」って、「ドーナツの穴の部分」と同じくらい空虚な存在だと思う

「新都社のスレはどこにも立ってない」ように見えてしまうような危険を冒してまであんな変更をした理由は、ハッキリ言ってマロンへの私怨のみだと思っている。そして最初に言ったように、運営が私怨で動いても僕は構わない。僕だって私怨で動く。新都社運営は聖人ではない。そこらへんのオッサンの群れだ。僕も、他の新都社民も、これを読んでいるあなたも

七月頃まで一切更新できないだろうからデュエル部の話をする

深雪の話。


デュエル部を読んでくれている人の中には、深雪のキャラクター(性格)に大きな路線変更があったことに気付いている人もいるかもしれない
初登場~屋上デュエルまでとそれ以降とでは完全に別人になっている。最初はヴァンガのミサキさんみたいなキャラのつもりだった。これは僕の趣味だ

屋上デュエルを描いてる最中に設定が固まってきて、ああいう形で闇人格を有することが決まった時に、「この子に闇人格が宿ってもドラマ起きないな」と思った
遊戯に対するアテム、遊馬に対するアストラルのように、二人で一人のキャラクターにするなら、その差は明確である必要がある。「闇」人格に対するのは圧倒的「光」人格でなければならない

なので、屋上デュエルの後、雪那の存在を知覚してからはああいう性格になった。その後「雪那は闘争心の擬人化であり、闘争心を雪那に持っていかれた深雪は闘いを好まない性格になった」という後付け設定が生まれたので、まあ言い訳はできるようになった


そして今思うのは、雪那を精神年齢5歳の無邪気残虐キャラにすれば、深雪の性格は元のままでよかったな、という事だ
ちょうど今、雪那が血を好むのは世の中のことをまだ知らない子供だからだ、という話になってきているわけだし
まあ、それだったら上記の後付け設定は生まれなかっただろうけど


賢一が雪那を部員の数に入れるのは、雪那がデュエル部の仲間として受け入れられた、深雪に依存するだけの存在ではなくなった、というかなり重要なシーンのはずだったのだが、ああいうアッサリしたシーンになってしまった
晴れてデュエル部のメンバーになった雪那だが、深雪とだけしか話さない、という風には持って行きたくない。せっかくレギュラーになったのだから、色んな組み合わせを楽しみたいところだ

ソリッドビジョンを散布して、雪那の姿がみんなに見えるようになる機械をコンピ研が開発するのはどうだろうか、とか考えたが、それをやると後々困る事になるのでやめる
静のゲドン発生装置も、現状で結構持て余してるし、深雪がクラスで浮いているという話を回収するメドも立っていない。色々大変だ


次回は冬馬と、その姉であり新都高校デュエル部歴代最強決闘者、日下部花鳥(あとり)とのなんやかんやあった後にデュエルが行われる。そのなんやかんやはまだ完成していないので、このままだと悪路州編の二の舞になること請け合い
デュエル構成もこれから考えなければならない。9月の裁定を待つって手もあるな

インカ展を経てのデュエル部与太話

歴史や遺跡について学んだ後は、必ず「その遺物をどうやってオリカにするか」という事を考える

デュエル部には三闘神関連以外のオリカは登場しないのだが、デュエル部GXではオリカが山ほど出てくる予定なので、ネタが多いに越したことはない
デュエル部完結まで10年くらいかかりそうだけどな!!


先日行った京都のインカ展、それに関連した特番から、インカ帝国ネタを大いに補充した
まず第一に、インカ帝国とナスカの地上絵がほとんど関連がないことに驚き、そして困った

考えてみれば、インカ帝国はスペイン人の侵略によって滅んだのだ。普通に大航海時代だ。そんな昔じゃない
対して、地上絵を描いたナスカ文化は紀元前後から800年頃まで栄えたと言われている。両者の間には千年ほどの開きがある

そもそも僕は高校まで理系だったし歴史は嫌いだった。その辺の歴史に関する感覚は欠如しているのだ


閑話休題。ナスカと言えば5D'sだが、地上絵はデュエル部でも扱ってみたいモチーフだ
デュエル部のオカルト観の中心となっているのは札像効果、カードと象形の二面性だが、実際カード状の遺物というのはそんなにない。エジプトの石版は本家遊戯王から持ってきたものだし、タロットやトランプは少々近代的すぎる
陰陽師の式神は紙を人の形に切り取ったものだから、どちらかと言えば象形側だ。つまり札が圧倒的に足りん

そこで、ナスカの地上絵を巨大なカードとして捉えることにした。地表はでっかいキャンバスだ
これでナスカが札、インカが像の札像効果が成立するはずだったのだ。だが千年はさすがに遠過ぎるのでそれはあきらめよう
これに対してエジプトは、下エジプトの象徴がパピルス(札)、上エジプトの象徴がハス(ギャザではマナ発生効果の代名詞とされていることから、エネルギーを持つ形、すなわち像)で、それをスコーピオンキングが統一することで札像効果を体現している。さすがエジプト


それはともかくインカの話だ。インカ帝国は、周囲の民族を征服し続けて大きくなった国だ。インカの死生観では、皇帝は死んだ後も生前と同じように領地を持ち統治を続ける
新しい皇帝は、また新たに自分の領地を手に入れる必要があり、こうした侵略によってインカ帝国はどんどん拡大していった

皇帝は被征服地域の王に贈り物をし杯を交わすが、その杯には生首と手が描かれている
「逆らうとこうするぞ」の意であり、実際に抵抗したものは首と腕を切断されたという
また、皇帝は右手で杯を持ち、左手で相手に渡す。右手=上、左手=下であり、杯を交わすときにもしっかりと上下関係を示す


今回はこの杯をオリカにしたときの効果を考えてみた。というか今回の記事はこれを書きたかっただけだ

大切なのは「贈り物」「右手と左手の優位性の差」だ。デュエリストの左手にあるのはデッキ。そこに杯を渡す
というわけで思いついたのがこれだ


お互いの場にアキリャトークンを召喚し、自分の手札を一枚相手のデッキの一番上に置く


トークンの能力値とかは漫画に出すときに決める。発動後そのカード自身が相手のデッキに行ってもいいのだが、それだと相手に再利用される。あくまでインカ皇帝が上なのだ
プロフィール

ジョンドオ

Author:ジョンドオ
関西を中心に活動するダンスカンパニー「男肉 du Soleil」団員の「クリ太マメ男」として活動中
あと新都社にて「新都高校デュエル部~三闘神伝説~」連載中

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